©2019 熊野山/普門寺

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 武蔵国三十三観音霊場の第二十四番札所

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本堂 内陣

   熊野山(ゆやさん)観音院普門寺は、安行原密藏院の末寺で、正確な開山がいつ頃であったのか、明らかではありませんが、文永4年1267)の板碑がある事から740年以上の歴史があると推測できます。御本尊は大日如来(胎蔵界)で、平成20年(2008)に行った本堂新築事業の際に修復しています。

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​小島庄右衛門正重と内室の墓石

  江戸川開削の治水事業など、開発に貢献した人物。唐破風、懸魚を付した笠付角柱形、正面に“釈正済居士霊位”建立年寛文八年戊申4月28日とあります。この庄右衛門正重(以下、正重)の石塔と並んで夫人の墓が建てられています。晩年、粕壁宿付近の宝珠花に小流寺を建立し、その墓域に正重の墓はあります。
  重要視された人物については、異なる場所に同一人物の墓石が確認されることがあり、当山にある正重の墓石もそうであると思われます。

仏教・真言宗智山派

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​観音堂

   境内には、正観世音菩薩(秘仏)を安置している朱塗りの観音堂があります。観音堂棟木・天井の桟の墨書銘によると、普門寺の観世音菩薩・不動明王像・十王像・毘沙門天の各像は、恵心僧都(942~1017)の御作です。
   寛文12年(1672)お堂が大破した際に、損傷した仏像を修理し、観音堂跡に新しく御堂を再建するために延宝3年(1675)12月から千日念仏供養を行い、道俗一切一連の信者等、多くの人々が力を合わせ、諸願成就・二世安楽を祈願し、延宝6年(1678)7月10日、三間四面造りの観音堂が完成しました。また、棟木墨書銘に「干時、普門寺の住職中興第5世実葉が勧進の導師を勤めた」と記してあることからも、非常に多くの人々の篤い信仰があったことがうかがえます。

   武蔵国三十三観音霊場の第二十四番札所となっており、堂内の厨子の扉は12年に一度、午年の4月に11日間だけ開かれます。
   近年では、平成2年(1990)茅葺き屋根を銅板に葺き替える等の大修理を行い、平成26年(2014)には御本尊と厨子の修復を行い、現在に至っています。

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境内諸尊

   山門より境内に入った右側には六地蔵尊が祀られています。それぞれの石像には、左側には建立年月日[正徳2年(1712)9月24日]と施主名が、右側には願意が書かれています。
   観音堂の傍にある庚申塔と青面金剛像はいずれも元禄6年(1693)~享和4年(1804)の間に建立された記載があることから、庚申信仰が非常に盛んであったことがうかがえます。

お知らせ 

2019/09/25

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